当選者の方へのメッセージ


 烏丸景 さま

 リクエストご応募ありがとうございました! 先日のヒロイン☆ふぇすた2はお楽しみ頂けましたでしょうか。
 お届けする作品は、慣れないジャンルで四苦八苦しましたが、ご希望に沿えていれば何よりです。
 地の文を声に出して読むのがオススメですぜ!Σd(*´∀`*)

 トオノキョウジ(クロヒス諸房)


ハッピー・ハーピィ・テーブルマナー

トオノキョウジ


 フォークとナイフとスプーンだとさ、人の食事は面倒だ。
「僕から見たら、あなた達の方が面倒そうだよ」
 小さな木彫りの三又槍で、蒸したキャベツをぷすりと刺して、テーブル代わりの倒木の、向こうでその子は困って笑う。
「鼻で歌えば口に入る。それの何が面倒なものかね」
 ふふんと私が歌ってやると、葉編みの皿のキャベツがふわり、浮いて私の口へと届く。風と嵐を操る私の、食事の様はなんと優雅か。脚先の爪でひっかけて、死肉を食らったご先祖達と、比べる事もおぞましい。
 ハニアの浜辺の片隅で、入り江の岩を拾って並べた仮ごしらえの厨房で、その子は朝から火を使っていた。
「やっぱり面倒だよ、それ。汁も飛び散りそうだし」
 葉もの野菜の塩蒸しと、マグロの切り身のパクチー炙り。結構な手間も時間もかけて、その子が並べた二皿に、確かに鳴らした舌鼓。日頃私らが食べるものなぞ、生かあるいは天日に干した、魚と果物くらいだからか。
「使えるようにならないと」
「フォークとナイフとスプーンをかい? あと何百年かかるだろうね」
「だめさ、そんなの。まずはあなたが急いで覚えて、来週はみんなに教えるんだから」
 身からしたたるマグロの脂は、確かに旨いと驚きゃしたが、あんなちまちまつついて食うのじゃ、舌の至福も半分だ。炙った切り身をそのまんま、口にほうって味わいたいね。
 クレタの私らハーピィは、五指の手持たぬ鳥の人。何ゆえ人のマネをして、イラつく食事をせにゃならぬのか。それにはちょいと事情があった。面倒な客の予定のせいだ。
 のん気に休暇に訪れるのは、遠い家系のオケアノス神。名ばかり視察の旅がてら、土地の食事を味わいたいと、遣いのシャチが手紙を寄越した。土地の食事と言われども、さすがに普段のままはまずい。何を食わすはさておいて、風で浮かして食うのはどうか。見っともなくはありゃせんか。
 親族会議は全会一致。かくして無理して慣れぬ食事に、挑む次第に相成ったとさ。
「よかったね。僕がここにいて」
「いいもんかね。あんたがしゃしゃり出てきたせいで、こんな面倒をするハメになったじゃないか」
「でも、いないときっと困ったでしょ?」
 事情が事情、是非も無い。私の横のその子を見つけ、姉妹は同時に思い当たった。そうだこの子に教わろう。話を聞いたその子の方も、二つ返事で引き受けて、ご教授頂く流れとなった。
 左右の翼の節の先、三本生えてる爪動かして、人の真似して食う他無いかと、腹は括ったつもりでいたさ。フォークとナイフとスプーンで、せいぜいしとやか演じてやるさ。四苦八苦して食器を握る、私のしかめっ面をただ、じっと見つめて動かぬその子に、なんだかむずむず落ち着かない。

 嵐の明けたハニアの浜で、腹を空かした私が見つけ、拾った人の子がその子だ。
 死んでりゃ食おうと服を脱がせたその時ぱちんと目を覚ますなり、姿かたちの違う私に、恩人だなどと頭を下げた。海の向こうの陸の子だ。村人みんなで枯れた地捨てて、海に出るなり嵐にやられ、運良く流れて着いたと言う。
 プロメテウスの驕りに怒り、ゼウスは世界を光で焼いた。すべての種族は息を潜めて、冬を越す事二千と余り。土から生まれる人の子たちは、パンドラなんぞ必要も無く、愚かのままに子も為せず、もはや滅びの間際にあろう。
 哀れな最後の一人かしらと、思えばその子を食う気も失せた。寝床の隅を貸してやり、森の果実を食わせてやると、すぐにその子は私に懐いた。雛と同じで他愛はないが、何かと役立つこの小器用さで、尽くしてもらえるのは悪くない。
 まさかその子に斯様な風に、ものを教わるとは思わなんだ。
「もっと脇を締めて。翼ももっとちゃんと畳まないと……あっ」
「熱っつ!」
 艶が自慢の灰色羽根が、編み葉の皿を引っ掛けて、膝にスープをぶちまけた。すかさずその子は立ち上がり、汲み貯めてあった火消しの水で、布巾を濡らしてかぶして冷やす。
「気をつけてね。お客の前でやらかしたら、ヒンシュクだよ」
「やかましい。もうやめだ、やめやめ。いつも通りに好きに食うさ」
 せっかくの美味を目の前にして、腹立つばかりでしょうがない。こぼしたスープと不機嫌に、嫌な顔一つ見せぬまま、
「そう言わないで、がんばってよ。ほら」
 その子はナイフで刻んだマグロを、
「あーん」
 フォークに刺してこちらへよこす。
「じ、自分で食うから放っておけ!」
 食わせてもらう側なんて、まるで雛鳥扱いじゃないか。なんだか妙な気恥ずかしさに、思わず仰け反り断る私。残念そうにしょぼくれて、フォークを皿に戻したその子。ひと口食うのも至難の業だ。素直にもらえば良かったろうか。
「おもてなしって大変だね」
 そう言うその子の顔はまったく、大変だなどと言っちゃいない。
「人に食わせる風なんて、起こした事もないからね」
 食事に使う風の歌など、自分の分を持ち上げて、食う為のみのつむじ風だ。誰ぞの為に起こす事など、考えひとつ起きた事はない。
「じゃあほら、やっぱり一緒に練習しないと」
 笑うその子に言い返せもせず、私はひと息ついてから、再びフォークとナイフを取った。

 苦労を重ねてはや二週間。藍と黄金の遊覧船で、オケアノス神はお着きになった。
 クレタのハーピィ四姉妹、揃ってテーブルメイキング。ヤギの毛皮をまっすぐ敷いた、一本杉の長テーブルだ。
「おや、珍しい。人の子か」
 その子を見るなり目を丸くして、オケアノス神は驚いた。
「火種を使えるただ一人でして。料理番をさせております」
 この場で何ぞ咎められるかと、一瞬焦りはしたものの、その子は臆さず前に出て、
「良いタラが捕れましたので、ヤギ乳と岩塩で煮付けております。森のキノコもオリーブで炒めました。木苺もかごに一杯ですよ」
 小さな口ですらすらと、今日の献立を申して見せた。いいじゃないか、とオケアノス神。ほっとしたのは私ら姉妹。だが肝心はこれからなのだ。
 葉編みの皿の隣に並ぶ、フォークとナイフとスプーンと。姉妹揃って練習重ね、それなり形はなったはず。
「では、頂こうか!」
 いざ見せつけんと脇を締め、その子の教えを思い出す。ナイフは右翼、フォークは左。爪でつまもうとする直前、ちらりと見やった私の前で、客は食器を手に取らない。
 はてどうしたと見ていれば、オケアノス神の唇が、やれ何某とつぶやいた。
 するとどうした事だろう。乳のスープが渦巻いて、タラの煮付けをのさりと持ち上げ、オケアノス神の口に運んだ!
 私も姉妹とその子と揃って、口をあんぐり開けていた。手は膝のままオケアノス神は、目を閉じタラを噛み締めて、ごくりと飲み込みうんとうなずく。どうやらお気には召したようだが、私らを見て小首を傾げる。
「おや、今のハーピィたちは手や足を使わず、こうして風を巻いて食すのだろう?」
 その通りとも言葉も返せず、同時にうなずくばかりの私ら。
「これでも私は海流の神だ、皿に水気があればこの位はできる。郷に従うもまた楽しみだ。気を使わせたのは悪かったが、さあさあ、肩肘張らず、食べて飲もうぞ!」
 オケアノス神はやたら笑顔で、タラやキノコを卓に浮かせて、器用に口へ放り込む。
 なんだ、とばかりに安堵して、妹たちもそれに倣う。さんざ苦労して覚えたはずの、フォークとナイフとスプーンは、賑わう卓から動く事無く、無言で寝そべるままだった。
「あーあ、これじゃあ練習が台無しだね」
 水流と風に食物が飛び、交わす笑顔と舌鼓。その子は私の傍らで、肩をすくめてあきれて見せた。
「なに、そうでもないさ。ほれ」
 私はフォークを爪でつまんで、ほぐれたタラを一切れ刺した。それをその子の口まで運ぶと、あむ、とその子は食いついた。
「こいつを使って食わせた方が、口移しよりはやりやすいね」
 もぐもぐしながらはにかむその子を、横目で見てたらお腹が鳴った。
 並んだ料理が冷めない内に、この子と一緒に頂こう。今日私らがなんとか守れる、たったひとつのテーブルマナー。