当選者の方へのメッセージ


 烏丸景 さま

 ヒロイン☆リクエストへのご応募、どうもありがとうございました!
 ほのぼのをご希望とのことで、できるだけ可愛らしく温かくメルヘンチックに。
 また少人数とのことで、小さな世界を舞台にささやかな物語を描いてみました。
 少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

 藍間真珠(藍色のモノローグ)


どうか明日も晴れますように

藍間真珠


 フィアミンの一日は、朝のモー茶から始まる。
 モーの葉を発酵して作るモー茶は、この村の特産品の一つだ。鼻孔をくすぐる爽やかな香りは、目覚めの一杯にぴったりだった。お気に入りの白いカップの中で揺れる琥珀色は、見ているだけで気持ちがほっこりする。そこにスェイランタの蜜を一滴垂らす。ほんのりとした甘みがモー茶の香りを引き立てる。
「うん、今日も素晴らしい朝だわ」
 フィアミンは満足して微笑んだ。今日のモー茶もとびきりの香りだ。今年のは出来がいいのだと、村はずれのキャーラントが自慢していた。大きな鼻をひくひくさせて笑うキャーラントは、村で一番モー茶のことを知っている。
「いい天気だし」
 カップを手にしたまま、フィアミンは窓を見遣る。そこから見えるスェイランタの花々は、どれも色鮮やかだ。モー茶を一口含み瞳を細めていると、ゆらゆら揺れながら近づいてきたシロが、そのまま肩に乗ってきた。
 綿毛のようなこの生き物は、数日前に突然フィアミンの住む小屋に迷い込んできた。言葉どころか鳴き声一つ漏らさないので、どうしてここにいるのかわからない。ただ何をするわけでもなく、フィアミンの周りをふよふよ漂っている。食事の必要もない様子なので、そのまま放っておいていた。指でつっつくと擦り寄ってくるのが可愛らしい。たまにスカートの下に潜り込もうとする、悪戯っ子でもある。
「見て、ほら。風も気持ちよさそう」
 シロを肩に乗せたまま、フィアミンは窓へ近づく。背中でふわりと、緑の透明な羽が揺れる。朝と言ってもそれなりの時間だ。眩しい日差しは、もうずいぶん高いところから降り注いでいる。窓から外を覗き、フィアミンは口角を上げた。
「この調子だとスェイランタもよく育ってくれる」
 村の朝は早いけれど、フィアミンの朝はのんびりしている。ゆっくり外に出る準備をしつつ、スェイランタの育ちを眺めながらモー茶を飲むのが日課だ。
 日光とスェイランタの蜜があればフィアミンは生きていけるから、あくせく働く必要がない。村人に時々蜜を売って銅貨をもらうだけで生活していける。銅貨一枚あればモー茶がたっぷり買える。それで十分フィアミンの生活は潤う。
「いい日だわ」
 いつも気に掛けているのは天候のことだ。曇り空が続くと、フィアミンの体調は悪くなる。雨の日が続くと、スェイランタの育ちが悪くなる。だからいつも眠る前には空に向かって祈っている。明日も晴れますように。
「今日もありがとうございます」
 窓に向かって両手を合わせた。背中でまた小刻みに、緑の透明な羽が震えた。今日はすこぶる快調だ。昨日は青空の下でシロと一緒にたっぷりお昼寝をしたから、体にスェイランタの蜜が行き渡っている気がする。
 指先を見つめると、爪の透明度も増していた。艶々した肌はうっすら発光していて、気持ちも明るくなる。
 するとトントンと戸を叩く音がした。こんな時間に珍しい。フィアミンが二つの大きな目を瞬かせていると、シロは音もなくどこかへ消えていった。人見知りなのかもしれない。フィアミンはカップをテーブルに置いて「はーい」と返事をする。
「どなたですか?」
「やあフィアミンさん、僕です」
 白木の戸の向こうで声がする。行商のタタモシだ。羽を揺らしながらぱたぱたと走ったフィアミンは、ゆっくり扉を押し開けた。
「おはようございます。タタモシさん」
 巨人族のタタモシは、フィアミンよりも二回りも体が大きい。窮屈そうに背を屈めながら小屋の中を覗き、彼は柔らかく微笑んだ。先日顔を出したばかりなのに、もう次の蜜が必要になったのだろうか。木の肌みたいなごわごわとした髪を掻いて、彼は瞳を細める。
「こんな時間にすみません、フィアミンさん。蜜が欲しいのと、あとお尋ねしたいことがあって」
「何ですか?」
「この辺で、白い、ふわふわとした生き物を見ませんでしたか?」
 タタモシの問いかけに、フィアミンの鼓動は跳ねた。それはシロのことだろうか? でも、それなら何故シロは隠れてしまったのだろう。口にしてよいものかどうか悩ましくて、フィアミンは小首を傾げた。
「白い生き物、ですか。いえ、思い当たるものは……」
「そうでしたか。実は明かりの精がいなくなってしまいまして。もうすぐ僕らの村のお祭りだから困ってるんですよ。あいつはすぐにどこにでも隠れてしまうので、なかなか見つけられなくて」
 困ったように肩をすくめるタタモシを、フィアミンは真っ直ぐ見上げた。嘘を吐いているようには見えない。「あいつ」と呼ぶ声には温かさが滲んでいる。それでは喧嘩でもしたのだろうか?
 フィアミンはふと、先日タタモシが訪れた時のことを思い出した。日が暮れた頃、彼はスェイランタの蜜を買い取りに来てくれた。その時、確か彼の頭の上に黄色い明かりが浮いていたような気がする。
「もしかして明かりの精というのは、この間あなたが連れていらした?」
「そうです。覚えてらっしゃいましたか。あいつがいないと夜道が不便でしょうがないんです。昨日もほら、転んで膝を擦り剥いてしまいましたよ」
 タタモシは笑いながらズボンに隠れた膝を叩いてみせる。頑丈な巨人族でも転べば痛いだろう。この辺の道はあまり整備されていないので、日が暮れてから出歩こうとする村人はいない。タタモシのような行商の者だけだ。
「まあ、そうだったんですか」
「怪我するのが僕だけならいいんですが、お祭りはみんなのものだから。早く出てきてくれると嬉しいんですがね」
 そう言って会釈をしたタタモシは「それじゃあ蜜はまた後で買い取りに来ます」と告げて出て行った。日の高いうちだけ起きている、村はずれの家々を先に回るのだろう。
 ぱたんと閉じた扉を見つめて、フィアミンは息を吐いた。すると、どこからともなくふわふわとシロが漂ってくる。
「今の話、聞いていた? あなたは明かりの精なの?」
 問いかけてみても返答はなく、ふよふよとフィアミンの周りで浮かんでいる。
 シロというのは勝手にフィアミンが名付けたものだ。見た目が白い綿毛のようだったから、そう呼んでいるだけ。タタモシの言う明かりの精ならば、フィアミンが独り占めしているわけにはいかなかった。明かりの精は、たくさんの人の楽しい気持ちを糧に生きていて、そのお返しに皆に笑顔を与えていると聞く。
「タタモシさんは困っていたわよ。喧嘩でもしたの?」
 いくら尋ねてみてもやっぱり返事はない。言葉を話すことができないのだろうか? ため息を吐いたフィアミンの背で、また羽が震える。
「あっ」
 そうだ、忘れるところだった。このままではせっかくのモー茶が冷めてしまう。フィアミンは慌ててテーブルへ近寄った。その後ろをシロがくっついてくる。
 白いカップを手にしたフィアミンは、香りを味わいながら目を閉じた。タタモシの住む隣村の祭りとはどのようなものなのだろう? 明かりが必要なのだから、夜に開かれるに違いない。
 フィアミンは昼間しか出歩けないので、夜がどのような世界なのか知らない。小さな窓から見える夜空は真っ暗で、じっと見つめていると吸い込まれそうな気がしていた。それでもきっと祭りの夜は違うのだろう。
「いいなぁ」
 思わずうっとりとした声が漏れる。穏やかで変わらない生活は心地よいけれど、たまにこういう話を耳にすると羨ましくなる。決して見ることの叶わない光景を想像すると、胸がちくりと痛んだ。
 自分が巨人族だったら、明かりの精だったら、いっそ人間だったら。あちこち出歩いてたくさんの物を見たり聞いたりできるのだろうか。
 もちろん、そうだったらこんな場所で呑気に暮らしてはいられない。もっと色々な物を作って稼がなければならない。フィアミンのようにスェイランタの蜜だけで生きてはいけないのだから。
 すると、つんと、額に何かが触れた。驚いて目を開けると、シロが目の前でゆらゆら揺れている。慰めてくれているのだろうか。
「ねえ、あなたはお祭りって見たことある? 私はないの。私は夜に出歩くことができないの。日の光がないとすぐに疲れてしまって……」
 答えてくれないとわかっていても、つい話しかけてしまう。この小屋で一人きりの生活は気楽だけれど、話し相手がいないのは退屈だった。だからつい誰かがくるとはしゃいでお喋りしてしまう。
「きっと綺麗なんでしょうね。みんな楽しみにしているんでしょうね。いいなぁ。ねえ、あなた、私の代わりに見てきてくれない?」
 ちょっと悪戯っぽく笑って、シロの頭を指先でつついてみる。くすぐったいのか身をよじったシロは、くるくる回りながら指に纏わり付いてきた。
 シロがいなくなったらまた一人きり。そう考えるとずっといて欲しくなる。でもタタモシの困ったような笑顔を思い出すと、帰るべきだとも思う。複雑だった。
「ねえ、お祭りを見てきて、そして私に教えてよ。楽しかったこと、綺麗だったもの、たくさん教えて。いいでしょう?」
 甘えるように、微笑みながらそう口にする。それならタタモシも困らない。フィアミンも寂しくない。いい方法のように思えた。
 けれどもやっぱりシロは何も応えず、静かに浮かんでいるだけだった。


 タタモシが再び小屋を訪れたのは、夕刻のことだった。
「すみません、フィアミンさん。遅くなりました。キャーラントさんの話が長引きまして」
 汗を拭いつつ走ってきたタタモシを、フィアミンは笑顔で迎える。そんなことだろうと思い、いつでも蜜を渡せるよう準備してあった。戸の前に立ったフィアミンは籠を両手で差し出す。フィアミンがどうにか持ち上げられるくらいの大きさだが、タタモシなら軽々だろう。
「キャーラントさん、最近退屈そうでしたものね。はい、お約束の蜜です」
 籠を見下ろしたタタモシは満足そうに頷いた。瓶にたっぷりと詰めた蜜の品質には、フィアミンも自信を持っている。いつも愛情たっぷり込めて育てているし、慎重に取り扱っている。
「ありがとうございます。お祭りの料理に、このスェイランタの蜜を使いたいという方が多いんです。人気なんですよ」
 照れたように微笑んだタタモシから、銅貨を受け取る。いつもよりうんと弾んであるのに驚いてフィアミンが顔を上げると、優しい茶色い瞳が彼女を見下ろしていた。窮屈そうに背を屈めたまま、タタモシは口元を緩める。
「いつものお礼です」
「でも――」
「あいつがお世話になったみたいですし」
「……え?」
 タタモシの眼差しが、フィアミンの後ろへ向けられた。はっとして振り返ると、隠れていたはずのシロがいつの間にやら姿を見せていた。ふわふわと浮く白い綿毛が、淡く輝いている。フィアミンは「あっ」と声を漏らした。本当に明かりの精だったのか。
 フィアミンが言葉を失っていると、近寄ってきた明かりの精が緑の羽に乗った。気遣ってくれているようで、重さを感じさせない程度にくっついている。そしてまるで「いやいや」をするように揺れた。それに合わせて、黄色い光が点いたり消えたりする。
「おいおい」
「……何て言ってるんですか?」
「ずっとここにいたいって」
「え? ええっ!?」
 フィアミンは瞳を瞬かせた。明かりの精の思いもそうだが、それがわかってしまうタタモシにも驚く。それだけ通じ合っているということなのだろう。
「ねえ、ほら、タタモシさんが困っているわ。帰ってあげて」
 頼み込んでみても、明かりの精はまた光っては消え、を繰り返すばかり。いや、よく見るとその色が微妙に変化している。先ほどよりも少し赤みがかった色合いは、真夏のスェイランタの花を思わせた。
「フィアミンさんが行くなら、行く。だそうです」
 タタモシが困惑顔で通訳してくれた。そう言われてフィアミンは戸惑う。まさか朝の話を覚えているのだろうか? 祭りに行ってみたい気持ちは本当だけれども、実際に行くことはできない。
「ごめんなさい、私は行けないのよ。私にはスェイランタが必要なの。ここを離れられないの。晴れた日の昼間しか出歩けないし」
 フィアミンは眉尻を下げた。小屋の周りに広がる畑は、スェイランタに適した土となっている。それは長年の努力によって成し遂げられたものだ。上質なスェイランタを育てるためには、ここの土でないと駄目なのだ。
「だから無理なの。お願い、帰ってあげて」
 それでも明かりの精はフィアミンから離れない。どうしたらいいのかと途方に暮れていると、「それじゃあこれはどうでしょう」とタタモシが口を開いた。
「フィアミンさん、昼間こちらに遊びに来るのならどうですか?」
 突然そんなことを提案され、フィアミンはきょとりと首を傾げた。タタモシは何故か目を逸らして軽く咳払いをする。すると強く輝いた明かりの精が、ぴょこりと跳ねるようにフィアミンの肩に乗った。どことなく嬉しそうだ。
「日中だったら、出歩くことができるのでしょう?」
「ええ、それは、できますけれど」
 頬に擦り寄ってきた明かりの精を、フィアミンは困惑しながらも撫でた。ふわふわとした手触りはやっぱり気持ちがいい。
「それならいいだろう?」
 タタモシは明かりの精にも問いかける。ぴょこぴょこ跳ねるように揺れた明かりの精は、そのままふわふわタタモシの方へ近づいていった。納得してくれたようだ。それにしても、どうしてそこまでフィアミンを気に入ってくれたのだろう。不思議だった。
「すみません、フィアミンさん。巻き込んでしまって」
 はにかむタタモシに、フィアミンは曖昧に頷く。日々をただのんびり過ごしているフィアミンとは違い、村々を行き来しているタタモシは忙しいはずだ。気軽にお邪魔してよいものなのか? そもそもフィアミンはこの村を出たことがない。行けるかどうかという不安もあった。
「いえ、私は。この通りいつも暇してますので」
「よかった! では明日迎えに来ますね」
「え? 明日ですか!?」
 いきなりの話に、フィアミンは目を丸くした。するとタタモシは慌てた様子で籠を抱え直し、ついでちらと明かりの精へ一瞥をくれる。何か言いたげにゆるゆると回った明かりの精は、またフィアミンの方へ寄ってきた。そして頭の上に乗る。
「あ、明日が……いいそう、なんですが」
「私はかまいませんけど。タタモシさんこそ大丈夫なんですか? お祭りの準備もあるのでしょう?」
「そ、それなら心配いりません。祭りの準備があるので、明日は家で作業なんです」
「あら、そうなんですか」
 思わぬ方向に話が進んでいる。フィアミンが頭上へ手を伸ばすと、その指先に明かりの精が擦り寄ってきた。くすぐったさについ笑みがこぼれる。
 でも、悪い話ではないのかもしれない。祭りは見られなくとも祭りの話は聞ける。それで明かりの精も戻ってくれるという。誰も損をしない。フィアミンにとっても、この村の外を知るよい機会だ。
「わかりました。それでは明日、お待ちしてますね」
 フィアミンはふうわり笑った。招待してくれるのだから、何か持っていった方がいいだろうか。そんなことを考えていると、腕を辿るようにして降りてきた明かりの精がくるくる回り出す。喜んでくれているらしい。
 明かりの精はそのまま踊るようにタタモシへ近づいていき、大きな肩にちょこんと乗った。やっぱり、そちらの方がお似合いだ。照らされたタタモシの顔がほころぶ。
「お前って奴は」
 タタモシの呟きに反応して、明かりの精はまたひょこひょこ跳ねるように揺れた。彼らの様子を見ていると、こちらの気持ちまで温かくなる。
 誰かと誰かが一緒にいるところを見るのは幸せなことかもしれないと、フィアミンは笑みを深めた。