当選者の方へのメッセージ


 烏丸景 さま

 ちょっと気色は違う(かなり違う?)かもですが、楽しんでいただければ嬉しいところ。
 方言女子、萌えますよねー
 そんな感じで書きました。
 読みづらいところもあるでしょうが、そこは最初は勢い良く、あとは流れで。
 え? 男の娘? それは――んっふふふ。

 あきらつかさ(亜細亜姉妹)


あやかし おなご えんすれば

あきらつかさ


    ちょん、ちょん。
    きい、きい。
    ちょん、ちょん。
    きい、きい。

 人間たちは帰ったし、草木も眠る時間やし。
 そろそろ、始めよか。
 この竹伐(たけきり)の合図が聞こえたら、集もうて。

    ちょん、ちょん。
    きい、きい。
    ちょん、ちょん。
    きい、きい。

 あたしの奏でる音で最初に姿を見せたのは、遊火(あそびび)ちゃんやった。
「たんちゃん、おつかれー」
 橙の火が吊るものもなく浮き、ゆらゆらと揺れている。
「びびちゃんも。ちょっと前から来てたやん」
 遊火ちゃんが「あ、バレてた?」と体を細める。
「毎年の楽しみやき、二刻も前から来ちゅうよ」
 その揺らぎのようなゆったりした土佐弁も変わらない。
「たんちゃんも、だいぶ早うにおったろ」
「まあねー」
 あたしも、楽しみにしてたから。
「あれぇ、まだ、早かったぁ?」
 馴染みの声がした。
 びびちゃんに輪をかけてのんびりした眠そうな口調は、とんちゃん――暮露暮露団(ぼろぼろとん)という布団の付喪神(つくもがみ)だ。ばさばさと布地をくねらせて、あたしと遊火ちゃんのところに近寄ってくる。
 三つ折り風に体を畳んで、そこからくっと持ち上がった一端にぼっこりと現れた目を嬉しそうに細めた。
「あ、ほら、あっち――」
 とんちゃんの視線が、あたしの背後を示していた。
 そこにある建物――小さなお堂にもたれた箒と障子。さっきまでいなかったはずだ。
 箒神さまと、小袖ちゃんだ。
 と、いうことは――
「いっつも、つっぺるのは儂の役じゃ」
 言葉とは裏腹に嬉しそうなのはパウチカムイ姉さんだ。
 故郷は北のほうやけど、あたしと同じくらいの時期にはこの地に来てたらしい。年齢は判らないけど、その雰囲気からつい『姉さん』と呼んでる。
 すらりと背の高い人間の女性のような姿。真っ白で滑らかな肩から豊かな胸の谷間までを露わにした着方の、朱と黒の絽(ろ)。あたしの知ってる人間の美醜基準では、とんでもなく美人で艶っぽくて――妖しい。今夜もばっちりメイクなのが月明かりでもはっきり判る。
 実際、あたしとパウチカムイ姉さんがいなかったら、この会――宴はなかったかも知れない。
「姉さんが前に飲みたい、って言うてはった薩摩のほうの酒、今夜は確保したよー」
「おおっ、それは今夜一番あずましいことじゃ。竹伐(タケ)もまてンなったな」
 姉さんに頭を撫でられて、褒められて、あたしは尻尾を揺らしてえへへと笑う。
「びびちゃんにはね、こんなん見っけたで」
 それを機に、あたしは人の多い時間からちょっとずつ用意してきたものをこの、お堂の裏に敷いたゴザに広げはじめる。
「スピ――なんてったかな、外国の言葉は慣れんわ。めっちゃ強い、ほとんど生(き)の酒精やねんて」
 火も点く、とか人が言うてたのを思い出す。
「用意ええっちゃ、たんちゃん」
 と、びびちゃんがくるりと回る。
「他にもあるからねー。小袖ちゃんも箒神さまも遠慮せんでね」
 声をかけると、障子から出た手がひらひらと振って応えてくれる。
「今日は新入りがおるぞ」
 姉さんが言う。この面倒見の良さが姉御感やね。
「こっ恥んずがってんと、ほれ」
 上空と、お堂の脇から広がる木々の間に呼びかける。
 低いところが、がさっと鳴った。
「こ……こんばんはぁ……」
 高い声だった。
 おずおずと出てきたのは、小柄な子供のようだった。赤い髪と枝みたいな手足で、初めて見る着物の柄やな、などと思う。
「琉球の、キジムナーじゃ」
 姉さんの手招きで、その子は近付いてくる。
 姉さんはいつの間に仲間を見つけて、この会に誘ってたんやろう。
「琉球かあ。そういや今日の屋台にあったね。さーたー……なんやったっけ」
「砂糖を油で揚げたの(サーターアンダギー)ね。わんは甘いのより、魚の目のほうが好きさー」
 それがその子の緊張をほぐしたのか、ゴザに座って懐のどこからか酒瓶を取り出した。「あとはこれ、泡盛ー」
 初めて聞く訛りや。
「へぇ〜。よろしくね」
「やーは、狸?」
 あたしはにっこりと頷く。この反応、久しぶりやわ。
「竹伐狸やねん。変化狸とは違うんやよ」
 簡単に説明して、姉さんが見てた上に視線を向ける。「そちらさんはー?」
 木々の上に、女の子の頭がすっと現れた。飛んでるんやなかったら、かなり大きい娘だ。
「こっちは、伯耆のほうの七尋女房(ななひろにょうぼう)じゃ」
 姉さんの手にはもう、薩摩の芋焼酎があった。
 七尋――ということは、十二メートル近くあるんや、それは大きいなあ。
「あ、あの……誘ーてもぁーて、だんだに……」
 可愛らしい声で、頭を下げると木にぶつかってしまった。「あぅっ」
「緊張せんでええよー。えっと――ナナちゃんでいい? 何飲む?」
「あ……な、なんでも」
「じゃあ、とりあえずビールね。
 みんな、ええ? そろそろやろっか」
 力一杯缶ビールをナナちゃんに投げると、彼女はお手玉しながらも落とさずに受け取り、爪の先でプルタブを器用に開けた。
 あたしは箒神さまのそばにワンカップのお酒を置き、小袖ちゃんの手にはチューハイを持たせてやり、とんちゃんの前にある盃に日本酒を注いで、あたしは姉さんと同じ焼酎にする。あとで、キジムナーちゃんの泡盛ももらいたいな。
「それじゃ、みんな、お疲れさまぁ」
 そう、あたしが音頭を取って乾杯する。

 ――ここは、切り拓かれて四・五十年の新しい町だ。それまでは竹藪の丘で、小さな村くらいしかなかったのが、急に四角い石の建物がたくさん造られて、人間がどっと増えた土地だ。
 そのせいか、全国各地の人がいて、それについてきた全国の妖物もいる。
 そのせいか、何百年も続く祭りも、歴旧く強い力を持ったものもいない。
 そのお蔭で、あたしたちはこの地で出会い、こうして集うようになった。
 そのお蔭で、里を出て知った孤独と郷愁を、癒やし補えることができた。
 毎年この時期に催されている人間たちの『夏祭り』のあと、あたしとパウチカムイ姉さんの呼びかけで、小さなお寺のお堂の裏に、この地域に棲むようになった妖物たちが集まって宴を開くようになって、もう何年か。
 比較的みんなより近い、亀岡から移ってきたあたし――竹伐狸が宴の酒とか肴を、人も妖も魅了するパウチカムイ姉さんが仲間を用意するようになっていた。
 今年も仲間が増えて嬉しい。
 しばらく、雑談に興じる。車とか蓄音機とかの新しい付喪神の噂だとか、不届きな土蜘蛛が巫女に討たれたとか、情報交換みたいなものもあるけど、おおむね他愛もない話。
 ナナちゃんが打ち解けたのか、ほんのり赤くなったとんちゃんと談笑しててほっとする。
 湯呑みに注いだ二杯目の泡盛を半分くらい飲んでいたキジムナーちゃんがあたしたちを見回した。
「女ばっかりなの?」
「気楽じゃろ。男ほしいんか? したっけ、儂と今度人ば漁るか?」
 姉さんのコップはもう空になっていた。「竹伐(タケ)はいい子じゃが、人間とへっぺこくにゃ難しいからの」
 キジムナーちゃんが目を丸くする。
 さすがに琉球の子で、アイヌの方までは知らへんかぁ。パウチカムイ姉さんは淫欲の妖霊(カムイ)やから、人を誑かして精を喰らうのはまあ、本能なんやよ。
「そういえば、今年はあの子、来ちゅうかねぇ」
 びびちゃんが言う。どこから声を出して、どこで飲んでるのか未だに判らへん。
「来んと、張り合いがないわ」
 からりと笑う姉さんが、懐から出したものをぷらぷらと弄る。
「ふぐろ見るンは初めてか?」
 覗きこんできたキジムナーちゃんが首を横に振ってから傾げる。「そうじゃないけど、ぬーやいびーが?」
 疑問符の感じ、『どうしたのそれ?』くらいのニュアンスかな。
 姉さんがあたしを見る。はいはい、説明はあたしの役目ね。
「もう、何年前になるかなあ――」

 あの子がここに来てしもたのは、偶然やった。
 今よりちょっとメンツは少ないけど、同じように宴をしてたこの場所に半ベソの表情で、さっきのキジムナーちゃんみたいに顔を出して――あたしたちを見て、顔を引きつらせたのが最初やった。
 一歩下がろうとしたところに姉さんの「待ちい」という声でびくっと止まる。
「人ン子(わらす)じゃな。取って喰うたりせんから、ちょっと来(き)い」
 容易に逃げられないと思ったのか、あの子はカクカクした歩みであたしたちの輪に近寄ってきた。
 短めのおかっぱ頭に花飾りを付けた、浴衣姿の女の子――のようだった。年は、六つか七つぐらいやったかな。
「あ、あの……ぼく、はぐれて、迷っちゃって――」
 泣きそうな顔で言う。それで男の子なんや、と思ったのを覚えてる。
「ここは、どこ? それに――」
「ここ? 此岸と彼岸の狭間。お寺の裏やけど、裏やないんよ。あたしたちは――わからへん?」
「よ……妖怪?」
「よぉ知ってるやん、偉いね」
 褒められて男の子は少し笑う。薄化粧もしてるのかな? 色づいた唇の端が可愛く上がる。
「ぼく……死んだの?」
「たぶん、ちゃうよ。迷いこんだだけやないかな」
 あたしは笑って言うけど、あの子にとって『喋る狸』は初めてだったんやろう、えらく驚いた目であたしを見ていた。
「ほれ、ジュースならよかろ」
 姉さんに押し付けるように渡されたコップには、酒割り用の蜜柑汁が入っていた。
 それを一口飲んで「おいし……」とこぼした男の子はあたしたちを見回して、少し状況を理解したのか、
「母さまの嘘つき……」
 と呟いた。
「どういうこと?」
 声の出た、浮かんだ火の玉――びびちゃんを見て、男の子が腰を落とした。
「だ、だって――『女の子の格好は魔除けになる』って言われたから、ぼく……」
「それは間違いでない」
 姉さんが、男の子に迫っていた。
「ろくてねぇ奴らはな、男ば攫ってわのモンにしちまう。跡取りにしたり、喰っちまうのもおる。
 女の子(おなご)の方が魔が憑かん、と言う所以じゃ」
「――そ、そうなんや」
 感心したようにそう言った子に、姉さんはにぃ~っ、と笑いかける。
「儂ゃあ、そんながさいことはせん。気持ちよぉ~く子種絞るだけじゃ。ほしたら、あずましい暮らしもさせてやる」
 姉さんの目が妖艶に、あの子を見据えていた。
「なーは、男か? もしか女じゃったら――」
「お、おとこ――」
 そう言いかけたところに、あたしが重ねた。
「女の子やったら、人の世に返してあげたら?」
 あたしとしては『魔除け』の言い伝えを嘘にしたらあかんかな、程度の思いやった。
「ふぅむ……」
 姉さんは少し考えるように唇に指をつけて、男の子に更に言った。
「そうじゃな。男なら儂らにかでて飼うてやろうと思うとるが――」
「おっ、女です! ぼく――じゃない、あたし女ですっ!」
 訛りの強い姉さんの言葉が解らなくても、何かを本能的に察したように、男の子は強く言った――言ってしもた。
 空になっていたコップを置いて立ち上がる。
 姉さんは意外やったように目を丸くして――いや、自信を裏付けるだけの魅力があるとは思うけど、拒まれる想像もしといたほうがええと思う。そんなことあたしからは言わへんけど――それからその目を細めた。
 何(なん)か思いついて企んだ目やった。
「そうか、残念じゃな。ほなら竹伐(タケ)もああ言うとるし、返してやるか」
 男の子の顔がほっと緩んで――その股間に、姉さんが手を伸ばした。
「したっけ、女の子(おなご)には邪魔じゃろ」
 姉さんがぽん、と浴衣の下腹を軽く叩いた。足元――女の子らしい可愛らしい下駄の間から何かを優しく拾って、男の子に見せる。
 男の子はそれを見て、目をいっぱいに見開いて、自分の股に手をやって声をあげた。
「えっ、うそ――えええっ!?」
 姉さんの手には、まだまだ小さい人間の男性器がころんと転がっていた。
「ぼくの――ぼくの、取ったあ……」
 また腰が落ちそうになりつつ男の子は姉さんの手に飛びつこうとして、阻まれた。
「返して、ぼくの、返してよっ!」
「女の子(おなご)なんじゃろ?
 ――ま、そうじゃな。儂に勝ったら返してやろう。
 今夜はほれ、もう帰り」
 男の子がばたばたと暴れるのを軽くあしらい、姉さんはその襟首を掴んで柔らかく放り投げた。
「いやぁぁぁっ――」
 悲鳴とともに遠ざかり、茂みの向こうにあの子は消えていった。
 それで、人間の世界に戻ったんやった。

 そうして、今も姉さんはあの子のものを持ってはる。
「あきさみよー……」
 キジムナーちゃんがそうもらす。湯呑みに残っていた泡盛を飲み干して、
「それでその子、ねーねーに戦いに来るわけ?」
「毎年の楽しみじゃ。
 ――それはそうと、そっちも美味そうじゃな」
 と、キジムナーちゃんの酒瓶を見る。注いでもらって一口飲んで「ほぉ」と嬌声をあげた。
「噂をすれば――ちゃ」
 びびちゃんが茂みの向こうを光で示す。
 お寺の表側から、ばたばたとした足音を立ててこの宴場(うたげば)に、一人の人間が飛び込んできた。
 姉さんがコップを置いて、わずかに座り直す。
 セーラー服姿で、短めのスカートから伸びる足を開き気味にして立っていたのは、髪も伸びてすっかり女の子らしくなった、あの時の男の子だ。
 あれ以来、周囲に女の子扱いされて暮らしていることをあたしは知ってる。それが、まんざらでもないことも。
「こっ、今夜こそお前に勝って、ボクのん返してもらうでっ」
 勢い良く言って、あたしたちをぐるりと見る。「な――なんか、増えてる?」と、ナナちゃんを見上げて「んわっ!?」と一歩下がる。
「大っき――でも、可愛い……」
 それからはっ、と気付いたように首を振って、背負っていた荷物を下ろした。
「今日は浴衣じゃないんやね」
「う――うん、部活やったから」
 あたしが声をかけると、素直に返してくる。「じゃなくって――覚悟っ」
 和やかな空気を弾くように、セーラー服の男の子は弓を取り出した。
「もう女の子(おなご)でええじゃろ」
 からりと、姉さんが笑う。「似合っとるな、めんこいぞ」
「そ、そう?」
 男の子が少し嬉しそうに頬を赤らめて、また首を振る。
「おちょくらんと、勝負やっ!」
「――よかろ。少しは楽しませてくれるんじゃろうな」
 姉さんが腰を上げる。
 あたしはゴザごと酒と肴を退避させにかかる。
 キジムナーちゃんが手伝ってくれる。とんちゃんとびびちゃんはお堂の傍に行く。
「毎年、こんなーしてるの?」
「そうやで。楽しいやろ」
 開いた空間で、姉さんと男の子――男の娘って最近は云うん?――が対峙する。
 あたしは木の上から驚いた様子で見るナナちゃんにも「余興やと思って、楽しんで見てね」と声をかける。
「あんたらの余興やないっ、ボクは本気やっ」
 男の娘が振り返る。
「ええやん。蜜柑汁用意しといてあげるし」
「あ、それは嬉しい――」
 ええ子やなあ。

 夜は、あたしたち妖(あやかし)の楽しい宴は、まだまだこれからやで。


(了)