当選者の方へのメッセージ


 烏丸景 さま

 リクエストありがとうございます!
 リクエストの「日常系ファンタジー」「ほのぼの」という普段書かないものでとてもチャレンジングで楽しかったです。
 いつもと違うノリなので少々不安ですが、楽しんでいただければ幸いです!

 水夜ちはる(Heart of cooL)


とらぶるアテンション

水夜ちはる


 あたしは憮然とした表情でそれを見つめた。
 火の精霊の加護を受けたサラマンダー族の誉れ高き魔法使い――の見習いエテルナ・サーヴァが召喚魔法で呼び出したものは、あたし自身ですらそれが何なのかわからなかった。
 真っ黒な球状の塊。直径五〇センチほどかな。まん丸で黒いと言うほかにこれと言った特徴はない。
 一体これは何だって言うんだ。
 種族の特徴である長い耳を軽く掴みながら、あたしはうーんと唸りそれの周りをうろうろと歩き回って悩んだ。
「エテルナ? なんやこのでっかいもんは?」
 その物体を前にあたしが悩んでいると、プレセアが近づいて来て言った。背が小さくて獣のような耳を持つ愛らしい美少女だ。あ、言っとくけど私も美少女だよ。背が高くてちょっと筋肉質だけど、サラマンダー族じゃ普通の体格だ。特にこの立派な尻尾が……はあまり女の子としては自慢じゃないか。
「えーっとね……なんだろう?」
 プレセアの質問にあたしは苦笑いで答えるしかなかった。
 プレセアはふわふわの尻尾を振りながらそれに近づいた。ケット・シーの一族である彼女は一族の特性に漏れず好奇心が旺盛だ。彼女は黒い球に強く興味を示し、落ちていた木の枝を拾って球をつついた。
「うにゃっ?」
 そのプレセアが奇声を上げてあげてしりもちをついた。手にしていた木の枝が黒焦げになっている。その木の枝の先には炎が小さく残っていた。
「な、なんやこれ。なんかめっちゃ熱いで」
 プレセアはしりもちをついたまま後ずさりしてその球から離れた。
「おいおい、何をやっている」
 あたしたちの背後から現れたのはセラだった。背中の透明な羽根が特徴のシルフ族で、スラリとした手足と緑の長い髪が印象的な美人だ。落ち着いているからあたしたちの中で年長に見えるが、あたしたち三人は同期だった。
 セラはあたしが呼び出した黒い球を見て怪訝そうな表情を作った。そのあと大体のことを把握したのかじろりとあたしを見た。
 セラは魔法学校でも優秀で同期の成績で言うなら五本の指に入るほどだ。正直言うとあたしの成績はその逆で――。
「エテルナの仕業だな。何を呼び出したんだ?」
 深緑の瞳があたしを貫いた。怖い。
「あはは……それがさぁ」
 あたしは頭をかいて引きつった笑みを浮かべた。


 あたしたちは魔法学校の休暇を利用し、郊外にある大きな湖の湖畔へ着ていた。三人で泊まるには十分な小さなコテージを借り、そこを宿に簡単なキャンプをしようとしていた。
 キャンプと言えばやはり野外での調理、と言うことで簡単なかまどを用意することにした。幸い焚き木となりそうな流木は一杯あったし、かまどを組む石もゴロゴロしている。
 ただ、普通にかまどを作っても面白くない。あたしたちは魔法学校の生徒だ。あたしはせっかくだから「魔法のかまど」を作ろうとした。あたしの成績は確かに残念かもしれないけど、それでも魔法学校に入るだけでも難関なんだ。あたしは魔法使いの卵としては、十分な才能を持っている。魔法のかまどくらい簡単に――。


「で、呼び出したのがこれ?」
 セラはため息混じりに言った。セラは美人だが表情があまり変わらずいつも冷静だ。そう言う顔で冷たく言われると、何か責められているような気がしてあたしは肩をすくめた。
「う、うん。本当はね、火精でも呼んで火の代わりにしようと思ったんだ。でもあまり小さいと火力が足りないでしょ? だからちょっと大きな精霊を呼ぼうと思って」
 あたしはしどろもどろに説明した。
「でもこれを呼び出したところが砂地でよかったなー。これが落ち葉の上とかやったら、今頃山火事やで?」
「うう、ごめん。でも火の精霊を呼ぶのにそれは危険だってわかってる」
 プレセアの突っ込みにあたしは手を合わせて謝った。
 セラもプレセアもあたしに悪気がないことはわかってくれていて、とにかく呼び出したこの黒い球をどうするべきか一緒に考えることにした。
「とにかくこれを魔法で呼び出したんだったら魔法でなんとかできるはず。還すのか、返すのかでだいぶ違うけど」
 セラは黒い球を見つめ、腕組みを分ながら言った。
「創造<クリエイト>したのか、召喚<サモン>したのか……」
 そう呟きながらセラの目があたしをとらえる。あたしはびくっと身体を震わせ、ぎこちない笑みを返した。
 セラは額に指をつけ、深くため息をついた。この二人とは長い付き合いだ。あたしの表情で彼女は察したのだろう。
「にゃははは。エテルナは感覚派やからなあ」
「まったく、よくそんなのでこんな大きいのを呼び出せるわね」
 二人の言葉にあたしは頭を掻くしかなかった。
 魔法使いには大雑把にわけて二つのタイプがある。魔法の様式を学び、魔力や精霊の力を呪文と言う言葉にして魔法を遣うタイプ。系統魔法とも呼ばれている。もう一つは結果をイメージしてそれに合わせて魔力や精霊の力を組み上げるタイプ。こちらには特別な呼称がない。セラやプレセアは前者のタイプで、あたしは後者だ。ちなみに、世の中の魔法使いは前者のほうが遥かに多い。理由は簡単で、前者の魔法は言葉に書き写せるので、その言葉の通り呪文を唱えればある程度の魔法は実現できる。たとえて言うなら数学の数式だ。方程式の難易度はそれぞれあるけれど、解き方を知っているなら必ず答え、結果は出すことが出来る。後者はどっちかって言うと芸術に近い。例えば絵画を描いたとき、人それぞれの感性によって出来上がる絵が違う。やっぱり書き手の技術によるところも大きいだろうけど、芸術とは人にまったく理解できないものになってしまったり、絶賛されるものになったりする。
 魔法使いとしてどっちが優秀かって言われると、あたしは前者じゃないかと思っている。それはコンプレックスも含めてだけど。魔法っていうものは目的があって使う。つまり結果を求められている。それに応えられるのは系統魔法だ。例えば図書館で検索魔法をかけたとき、自分の欲しい本がぴったりと出てきて欲しいよね。これがなんか似た本が出てきましたよ、じゃ困るもの。
 残念なことにあたしは系統魔法が苦手だ。何か堅苦しい感じがしてどうも好きになれない。魔法はもっと自由なイメージを実現できる力があるのに。
「そう言うことが出来る魔法使いは貴重なんだよ。系統魔法の研究じゃ、応用魔法は生まれても新しい魔法の発明は難しい。エテルナみたいな魔法使いは貴重なんだ……魔法学校じゃあまり評価されないから辛いところだろうけど」
 セラはそう言ってくれた。その時、秀才な彼女の言葉だからあたしは幾分か助かった気分になったもんだ。


 まあそんな話はともかく目の前のこれだ。系統魔法で呼び出したものであれば、どういった手順でどういったものを呼び出したか、呪文を解析すればわかる。と言うかこんな突拍子もないものが出てくることはない。ところがあたしの魔法は呪文に法則性がないから、その呼び出した過程がわからない。あたし自身にすら。 「まーまずうちからやってみるわ」
 プレセアは前に出ると呪文をもごもごと唱え始めた。色々な音階に合わせて言葉をつむいでいく。両手はそれに合わせて交差させたり上下に動かしたりと踊るように動かした。
 でも、彼女の詠唱が終わっても黒い球に変化はなかった。
「あちゃー……あかんかぁ」
 プレセアは舌を出して言った。
「今のは?」
「ディスペル。エテルナが呼び出したもんが魔法付与系のアーキファクトであれば効果があったはず何やけどな」
 あたしが聞くとプレセアは残念そうに言った。
「なるほど」
「なるほどじゃない。自分が呼び出したものだろ?」
 あたしが頷くとセラが鋭く突っ込んだ。ごもっともである。
 そう言うセラは少し考えると、目を瞑って呪文を唱え始めた。彼女の呪文は平坦な口調で、彼女の性格を現しているかのようだ。最後に小さく気合を発するような掛け声と共に詠唱が終わる。
 だが、やっぱり黒い球に変化はない。
「ちょっと不思議な感じの魔法だったけど、今のは何?」
 あたしが聞くとセラは残念そうに首を振った。
「ターン系。不死者や悪霊の類であれば還せたはずなんだけど」
「ちょっとちょっと、あたしネクロマンサーじゃないよ」
 あたしは情けない声を上げて抗議した。偏見かもしれないけど、死者の身体や魂を操る魔法は世の中的にも忌避される傾向にある。道徳的、生理的な嫌悪感、と言っておこうか。
「こんなほかほかなアンデットやスピリッツがおるんかな? あ、スピリッツはないか、めっちゃ物理系やわ、こいつ」
「あら、低級の精霊や悪魔でも還せるわ。その可能性も考えてターンしたのよ」
 呆れて言うプレセアにセラはさも当然のように答えた。
 あたしはじっと黒い球を見つめた。何か記憶に引っかかる。これってどこかで見たことがあるような形だと頭の中で引っかかっていた。さて、どこで見たんだっけ。
「うーん」
 二人は次に試す魔法を考え、腕組みをして相談し始めた。
「アーキファクトでもない、低級の精霊でも悪魔でもアンデットでもない、か……」
「あとはなんやろ。セラのターンでも還せない精霊となると結構上位の精霊やで?」
「そうね。それに前準備もなしに上位精霊なんて呼び出せないわよ」
「せやなあ。まあせいぜい呼び出せたとしても卵くらいや」
 プレセアはもふもふの頭の後ろで手を組み、空を見上げながら言った。
 あたしはそのキーワードに反応した。サラマンダー族の特徴である太い尻尾がピンと立つ。
「それだ!」
「えっ? なんや?」
 あたしはプレセアを指差して叫んだ。驚いたプレセアは目を白黒させながらあたしを見る。
「そう、還すんでもなく、返すんでもなく、孵すんだよ!」
 あたしは得意げに言った。
「どういうこと?」
 二人は驚いた顔で異口同音に聞いた。
「だからね。これは卵なんだ。どこかで見たことあるなーとは思ってたんだ」
 あたしはそう言って微笑むと、呪文の詠唱に取り掛かった。呪文はどの教科書にも載っていないものだ。あたしが今考えたアドリブ呪文だからだ。でも大丈夫、しっかりイメージは出来ている。温めて、生命力を活性化させて、目覚めさせる。そしてお母さんのイメージをちょっと足す。
 そんなむちゃくちゃな呪文をあたしは唱えた。
「えっ? 卵を孵す?」
 呪文を唱えているあたしをの横で二人は目をあわせて驚いた。
「ちょっと待ちなさい!」
「そうや、なにが出てくるかわからへんで!」
 二人は慌てて叫んだ。それと同時にあたしの詠唱が終わる。
「あ……」
 二人は唖然とした表情であたしを見た。あたしも二人の顔を交互に見て、愛想笑いを作った。
「……やっちゃったー」
 呪文は完了していた。適当に呪文を組んだ割には手ごたえがあった。こう言うときに限って。
 あたしたち三人はお互いに顔を見合わせ、そして次に黒い球を見た。
 黒い球はしばらく反応がなかったが、じっと見つめているとわずかに震えていることがわかった。そしてその震えはだんだん大きくなっていき――。
「あ、あかん、これは孵る。生まれるで!」
 プレセアが慌てた声を上げた。好奇心豊なケット・シーの一族は、その好奇心に見合うだけの警戒心も持ち合わせている。本能的に危険を感じる遺伝子を持っているのだ。その彼女が慌てていると言うことは……
「これって、やっぱマズい?」
 あたしは半笑いで言った。
「マズいところちゃうで! セラでもターンできなかった精霊の卵や、何が出てくるか想像もつかん!」
 プレセアは小さな身体をじたばたしながら言った。
 あたしはさすがに青い顔をしてセラを見た。そのセラも青い顔で黒い球――いや、卵を見ていた。卵の震えはどんどん大きくなり、乾いた音と共にひびが入っていく。
「高位の火精霊って……イフリート? フェニックス? まさかカグヅチとか?」
「神クラスはさすがに出てこへんやろ」
 セラの声にプレセアはしっかりと突っ込みを入れていたが、二人とも身体を震わせて腰が引けている。と言うか、あたしを盾にしないで。確かにあたしが呼び出した責任はあるのだけど。
 卵が割れる。それと同時に閃光のような炎が迸った。
「うわあああっ」
 あたしたちは悲鳴を上げた。それでも咄嗟に防御魔法のプロテクションと、耐火魔法のレジストファイアを唱えたプレセアとセラはさすがだ。卵から噴出した炎は二人の魔法に弾かれて、あたしたちは何とか事なきを得る。だが、卵から現れた小さなそれがあたしに飛び掛ってきた。それ絶対熱い。無理、火傷ですまないよ! あたしは炎の一族サラマンダーだから元々火には強いけれど――。
「きゃー! 熱ッ、熱ッ! 熱……くない? あれ?」
 卵から飛び出したそれをあたしは抱えて大騒ぎした。あたしは火の精霊、つまりは火の塊みたいなものが飛び込んできたと思った。けど、実際に受け止めたものはほんの少し暖かく、ざらざらで少し硬いさわり心地のものだった。
「え?」
「あんぎゃー」
 恐る恐るあたしが目を開くとそれは可愛らしい声で応えた。あたしの腕の中には両手で抱えられるくらいのトカゲ……いやイグアナに近いかな。爬虫類独特の大きな黒目がじっとあたしを見つめていた。その澄んだ大きな目と背中の小さな羽根がなんとも可愛らしい。
「ド、ドラゴン――?」
「それもレッドドラゴンや……神クラスではないけどこれも超レア生物やで」
 プレセアとセラは驚いた顔を張り付かせたまま、ドラゴンの赤ちゃんを抱えたあたしを見つめていた。さっきの炎は産声代わりの息吹<ブレス>か。なんておっかない産声だ。
 あたしも驚いたまま固まっていたが、ドラゴンの赤ちゃんはあたしの腕の中で頬を摺り寄せてくる。
「すごくなついているな……」
「うん、お母さんと思われててるんちゃうか?」
 何とか我に返った二人があたしのところへ着て言った。
 ドラゴンの赤ちゃんは二人が言うとおり、あたしに頬擦りしたり尻尾を振ったり愛嬌を振りまいてなついている。危険な様子は特にない。いや、ちょっと口の奥に見える小さな火種みたいなのが気になるけど。
「良かったなあ。これがフェニックスやったら今頃エテルナはまる焦げやで」
 プレセアが笑いながら言った。
「怖いこと言わないでよ。ホント死ぬかと思ったんだから!」
 あたしは少し涙を浮かべながら訴えた。その間にもドラゴンの赤ちゃんはもぞもぞと腕の中で動き続ける。どうにもあたしから離れたくないようだ。
「これ、どうしよう?」
 あたしは困って二人を見た。二人は一瞬あたしと目を合わせたが、プレセアは大きく表情を崩して笑い、セラは目を細めて微笑えんだ。
「まー、エテルナはサラマンダーだしドラゴンとは相性ええんとちゃうの?」
「そうそう、せっかくだから飼えば良いじゃないか。ドラゴンは頭も良いし、ちゃんと躾ければ凶暴でもない。騎乗用のドラゴンだっている」
「いや、それ軍用でしょ」
 セラはときどき真面目な顔でボケなのかそうじゃないのかわからない事を言う。
「あぎゃ!」
 ドラゴンの赤ちゃんが訴えるように鳴いた。見るとつぶらな瞳がらんらんとあたしを見ている。まるで二人の言う通りにしろと言わんばかりだ。
 それがまた愛らしい。
 あたしは肩を落とし深くため息をついた。こんな子を捨てられるわけがない。
「ドラゴンって何食べるんだろ? バイト代で足りるかなぁ」


 以来、あたしたちの休日は三人と一匹になった。
 ドラゴンとの共同生活はどうかって? それは確かに色々と大変だけど、一つだけ確実に言えることがある。彼がいれば、あたしが不確かな魔法で「魔法のかまど」を呼び出す必要はないって事だね。