当選者の方へのメッセージ


 烏丸景 さま

 リクエストありがとうございます!
 なんか色々滅んでますがその上に咲く私なりのほのぼのを書かせていただきました。
 楽しんでいただければ幸いです!

 柏木むし子(むしむしプラネット)


あるいてゆくよ

柏木むし子


 廃村に辿り着くのは数日ぶりのことだった。
 朽ちた家の残骸たちは、ぽつりぽつりと佇んだり寝転んだりしながら、歓迎も拒絶もなくただ静かに来訪者を迎え入れた。
 振り返ればそこには元来た森が広がっている。帰り道に困ることはないだろう。森はどこまでも味方をしてくれる。
「こんにちは、だれかいませんかぁ」
 無駄だろうと思ってはいるものの、念のため。少女はか細い、けれども彼女なりの精一杯の声を張り上げて、廃村にいるかもしれない誰かを呼ぶ。一度会ってみたい者たちがいるのなら僥倖、同胞と出会えたのならそれはそれで。しかし呼べども呼べども彼女の声に応える者はいなかった。
「だれかー」
 木造だったと思しき建物はどれも原型を留めておらず、朽ち損ねた木材と家具が散らばるのみ。石造りのものも多くが崩落している。そこには住人が去ってからの長い年月が横たわっていた。少女はこの村が生きていた頃の姿を知らない。
 呼びかけを続けながら歩き回った後、少女は人探しに見切りを付け、近くの廃墟に埋もれたものの物色を始めた。苔むした木材を手で退かし、その下の家具を掘り起こす。棚の残骸の下からまだ形が残っている椅子を見つけたが、引っ張り出す際に脚が折れてしまった。とても使えそうにない。
 ふぅ、と大きく息を吐いて辺りを見回す。石造りの建物は辛うじて壁を残しているが、崩れかけている建物には近寄りたくなかった。かつての住人たちについて嗅ぎまわっている間に壁が崩れてはかなわない。一度痛い目にあったのは今でもしっかりと覚えている。少女は廃屋漁りを一旦諦め、草むらをまた歩き出した。
 小柄な少女だった。滑らかな肌に簡素な貫頭衣を纏い、枯れ草を編んだ籠を片手にどこまでも歩き回る野性的な少女。ぱっちりとした眼の上で、若葉のような鮮やかな緑色の髪と、髪についたいくつかの白い花が揺れた。花は飾り物ではなく、茎を髪と頭皮に溶けこませるようにして直接生えている。咲いた花は季節の移り変わりとともに落ち、すぐにまた生えてを繰り返していた。
「あとは……」
 彼女は近くに生えていた木に目をつけた。数本並んでいるうちの一本、低く足をかけやすそうな木に取りついて器用に登る。一気に開けた視界で辺りの様子を確認すると、崩れていない建物を遠くに見つけることができた。
 駆け寄るとそれは他の家々よりも背が高く、頭が尖った形をしている。教会、と呼ばれる建物だったのだと、最も聡い仲間に聞いたことがある。かつての住人たちが信じるものを讃え、縋るために、いっそう手間を掛けて建てた家。信仰というものがよくわからない少女はただ首をかしげるのみだった。
 しかし不思議がっているだけでは何も始まらない。少女は建物が嫌な音を立てたりしていないことを確認してから、歪んだ扉を木の枝でこじ開けて内部へと入り込んだ。扉がきしむ嫌な音が響いたが、煉瓦作りの教会は揺らがなかった。
 埃まみれの聖堂には、比較的保存状態の良い大椅子がいくつも並んでいる。こんなに椅子を並べてどうするのだろう、昔はここが満席になるぐらい住人がいたのだろうか……目を閉じて思いを馳せると、瞼の裏に見知らぬ人影がずらりと並んだ。
 尖ったものを踏まないようそっと歩みを進め、奥まった部屋へとたどり着くと、少女はようやく求めていたものと出会うことができた。背の高い本棚だ。辺りには風化した本の頁が散らばっているが、中にはまだ形を保っているものもある。全てを一度に持ち帰ることはできないので、状態が良いものだけを選んで籠に入れた。少女自身は文字が読めないので、内容の確認は行わない。
「これくらいでいいかな」
 ぽつりと零す言葉は、この場にいない者に向けたもの。目的を果たした少女は廃墟を離れ、集落跡を出て森へと入っていった。彼女の足取りは深く茂る木々に惑わされない。森は勝手知ったる庭のようなものだ。重たくなった籠を落とさぬようにしっかりと抱え、仲間が待つ場所を目指してひた歩いた。今から戻れば日が暮れる頃には着くだろう。彼女とその数少ない仲間が集う、雲割りの大樹の根本へ。

「これ……これよ! こういうのが欲しかったの!」
 半日ぶりに戻った住処の前で、仲間が目を輝かせながら本の頁を捲っている。大樹の葉を避けて西から射す陽を頼りに、ぶつぶつと何かを呟きながら、内容をしっかりと辿っているらしい。
 頷くたびに黒い髪が肩に擦れ、頭から生えている数本のきのこが揺れた。日の当たる場所を好む少女とは違い、いくらか年上のように見えるこの女は、薄暗く湿った場所を好む。土の匂いが何よりも落ち着くらしい。
「それ、すごいの?」
「ええ。最後までちゃんと読めそうな辞書が手に入ったのは初めて。こないだのは半分以上が読めなくなっていたし」
「ほえー」
 少女は首を傾げるのみだった。難しいことはよくわからないので、頭脳仕事が得意な仲間に任せておこうと思った。
 手持ち無沙汰になって目の前の焚き火を見つめていると、じゅう、という音と共に鼻がくすぐったくなるような香りが漂ってくる。羽と内臓を失い、木の枝で貫かれた鳥が、こんがりと肌の色を変えながら油を滴らせていた。
 鳥を満遍なく焼くべく棒を回すのは、肌の所々に鱗のついた男。出来上がりが待ち遠しいようで、時々舌なめずりをしている。その舌は少女のものよりずっと細く、長く、先端が二股になっている。
 その隣では、虫の――よく跳ねよく草を食む、立派な脚を持った緑色のものの――羽根と触角を生やした大男が、果物を次々と手で潰していた。他の者にはない第三・第四の腕(これも虫と同じ形をしている)で大量の果実を抱え込んだまま、大きな人の手で次々と絞ってゆく。器代わりである果物の皮に果汁が溜まるまでそう時間はかからなかった。
「できたぞー!」
 朗々と告げ、二つの器を女たちに手渡す。少女は「ありがとう」と小さく返して瑞々しい果汁に口をつける。もう一人も本を籠に戻し、苦味が少し利いた夕餉を味わった。
 固形物を取ると腹の調子が悪くなるため、食事はいつもこの調子だ。ぷはぁ、と息をつく少女の向かいで、鱗の男が表面だけ焼けた鳥肉に齧りつき、大男が何かの実やら葉の柔らかい草やらを食んでいた。
「やいたニクってそんなにうまいのか?」
「ああ、味が変わっておもしろいよ」
「昔の人間たちはそれに塩や香りの強い草をかけたりして食べていたらしいわ」
「シオ……ってなんだ」
「海の水から取れる、味の付いた粒」
「ウミ? みずのツブ?」
 首をかしげる大男のために、女は書物を紐解いて得た知識を披露する。放っておくと寝食を忘れて書の解読に挑み続ける彼女は、皆にとっての生き字引だった。
「とにかく、肉にいろいろなものをまぶして中の色が変わるまで焼いたみたい」
「そんなに焼いたらおいしくないじゃないか」
「人間は肉をそのまま食べると死ぬらしいのよ」
 にんげん。少女は手にした器を見つめながら、その言葉に想いを馳せた。かつてこの地に住み、木や石でできた家を多く築いた者たち。今ではその痕跡を通してしか知ることのできない、遠く失われた存在。
 奇跡的に残っていた絵画を見た限りでは、彼らは頭に咲く花も茸も触角も鱗も持たない、これといって特徴のない姿をしていたらしい。様々なものを作り、獣から果実まで何でも食べて、見聞きしたものや考えたことを書に記し……とにかくこの地に多くのものを残して、皆どこかへ消えてしまった。
 彼らはどこに行ってしまったのだろう。皆死んだのか、それともこの地を捨てて遥か遠くに渡ってしまったのか。その結末が知りたくて、情報を探して歩き回っては、見つけた書を仲間に届けている。人間の生態については色々と明らかになってきたが、行方については未だ手がかりすら掴めていない。見知らぬ背中はまだ遠い。
「どした、ねむいか?」
 食事を終えた大男が、身を屈めて少女の顔を覗きこむ。静かな思索は眠気との戦いと受け取られたらしい。
「へいきだよ……んっ」
 器に残っていた果汁を飲み干し、ふぅ、と息をつく。廃墟の探索で少し疲れてはいるものの、安静を要するほどではない。
 しかし少女の顔を少し心配そうに覗き込む男を見ていると、そろそろ床に戻っても構わないと思えた。どのみち日が暮れてしまえば星を眺めるぐらいしかすることがない。
「でもそろそろやすもうかな」
「そう、今日もありがとうね。おやすみなさい」
「お疲れさん」
「うんー」
 仲間たちに見送られ、少女は焚き火から離れた。落ち葉を踏む軽快な足音はすぐに途切れる。当然のように後をついてきた大男が、五本の指があるほうの手で、少女の身体を軽々と抱き上げたのだった。
「わ」
「オレがはこぶよ、ずっとあるいてたんだろ」
「……うん」
 草食み虫の男が、薄闇の中でも眩しく見えるような笑顔を見せる。少女もまた微笑んで、逞しい腕に身を委ねた。厚い胸板から香るのは汗と草の匂い。包まれていると、どこかほっとする。彼に深々と根を張って繋がっているような感覚。
「ミノリ」
「ん」
 名を呼ばれ、ぱちりと目を見開いた。仲間がつけてくれたこの名は皆が呼ぶものだが、この男がそれを口にすると、他の仲間たちに呼ばれたときとは異なるものがこみ上げる。温かいような、痛いような、むず痒いような……胸に渦巻く何かの正体はわからずじまいだ。
「おもしろいトコみつけたら、オレにもおしえてくれよ」
「うん」
 差し出された虫の手を握る。鋭い爪を避けて指を絡めるのはもう慣れたものだ。言葉を紡ぐことが得意ではない二人は、身を寄せ合って肌でその温かさを感じた。
 ふと、先ほど考えていたことを思い出した。かつてこの地に多く住んでいたらしい人間について。彼らはとても賢い生き物だったらしい。
 もしも彼らがまだどこかに住んでいて、会うことができたとしたら、叡智によってこの気持ちも解き明かしてくれるのだろうか?

 少女は探検家である。どこからともなく集まった仲間たちのために、食べられる実の場所を教えたり、まだ使えそうな旧文明の遺産を持ち帰ったりすることを役目としていた。
 そんな生活が始まってどれくらい経っただろうか。皆が集まる大樹の根元を拠点として活動してきた結果、一日で往復できる距離はおおよそ調べつくしてしまった。
 更なる収穫を得るためには、遠出するしかない。そう心に決めた少女は、遠征のために荷物を纏めた。夜に体を冷やさぬようにと持たされた布に、火打石といくつかの果物を包み、籠に詰めた。あとは森にあるものを駆使すればどうとでもなる。
 朝露を飲んで日光を浴びれば、たちまち力が漲ることが彼女の強みだ。仲間たちと出会う前はそれだけで暮らしていたような記憶があるので、実のところ食料など要らないのかもしれないが、草食み虫の男が用意してくれたものはできる限り持って行きたかった。大樹の根元に戻りたくなってしまったとき、この果汁を飲んで気を紛らわそうと考えていた。
 早朝、仲間たちに見送られて溜まり場を離れた少女は、日の沈む方角へ向かって真っ直ぐ歩いた。いつもは昼ごろに引き返すところを、見知らぬ場所へ向かってとにかく歩き続けた。
 森は丸一日歩いても続き、日が暮れてからは木の根元で眠り夜を明かした。瞬く星を眺めながら、野宿をするのは久しぶりだと思い出した。昔は素っ裸で森をうろついて毎日倒れるように眠っていた気がする。それ以前のことについて――自分がどこから来たのかは全く覚えていない。
 次の日もまた一日中森の中を歩き通した。歩いて渡れる程度の川を二つ超え、さらにその先へ。途中から上り坂が続き、体力を消耗してしまったので、二日目は少し早めに体を休めた。
 うつらうつらとまどろみながら、自分が来た道が、行く道が、これで良かったのかと問う。一度溜まり場に帰って違う方角へ進んだほうが良いのではないだろうか。静かな森の中でじっくりと考えた結果、もう一日だけ歩き続けてみることにした。この上り坂の先に何があるのか、それだけでも確かめたくて。
 景色が一変したのは翌日の昼のことだった。転んで怪我をしないように慎重に進むうちに、ますます急になっていった坂が唐突に終わり、一気に視界が開けた。
 背の低い木がまばらに生え、その足元に見慣れない花が咲く荒地。いつもより空が近く、陽光が美味しいような気がする。少女は見慣れぬ地形をおっかなびっくり進み、さらにその先にあったものを見つけて、目を見開いた。
「わぁ……!」
 眼下に広がる未知の大地。山頂から見下ろす景色は、少女の知らない様々なものを抱えて、どこまでも続いていそうな陸地に横たわっていた。
 山を覆う木々は麓で途切れ、青々とした平野が広がっている。その中にぽつりぽつりと住居の名残が配置され、集落だったと思しき建物の群れも見える。二本足で立つものの姿や焚き火の煙は見つけられなかった。今も機能し続けている住処はないらしい。
 しかしそれらの廃屋よりも目を引いたのは、遠く広がる灰色と暗い赤からなる地形だった。今まで大樹の周りで廃墟漁りを繰り返してきたが、あんなにも大規模な集落は見たことがないし、想像したこともなかった。遥か遠くにありながら確たる存在感を放っている都は、泊りがけで調査しても長い長い時間がかかるだろう。
 どんなものが見つかるだろうか。仲間が喜ぶような本が山ほど出てくるかもしれないし、状態のよい布がたくさん出てくるかもしれない。皆の服をたくさん拵えてもまだ余るぐらいの。
 宝が眠る街には所々とても背の高い建物が存在しており、見慣れぬそのフォルムは否応なく冒険を想起させた。あんなに立派な住処が残っているのだから、中に人間の一人や二人がいてもおかしくはないのではないか。同胞が住み着いている可能性もある。自分の知らない技術や道具を駆使して、未知の食料を食べながら、自分たちには想像もつかないような不思議な遊びや儀式をして過ごしているのかもしれない。
 そわ、と肌に寒気が走る。木から落ちかけてひやりとしたときとは違う、皮膚までもが興奮して落ち着かなくなっているような感覚。胸の奥に渦巻いたものが行き場を求めて暴れ狂っている。今すぐあの街に行って、あらゆる未知を引っ張り出したい!
 自分でもわけがわからないまま、治まらぬ熱の行き場を求めて山頂を走り回った少女は、元来た方向にいつもの大樹が見えることに気付いてやっと立ち止まることができた。
 まずは仲間たちにこの発見を伝えよう。旅に出るなら彼らの力が必要だ。森の獣は少女を襲わないが、森を出てからはその保障はないし、都までの道のりを阻む川を越えるにはきっと知恵と体力がいる。
 面白いところを見つけたら教えてくれ、と言っていた彼は喜んでくれるだろうか。一刻も早くその反応が見たくなって、少女は元来た道を戻りはじめた。
 転ばぬよう慎重に坂を下りながら、新しいものを見つけた喜びをぐっと噛み締める。顔がにやけて元に戻らない。
 世界の広さをこの足で確かめに行こう。遠く、どこまでも遠くへ!